『やりたいことは、今すぐにやれ』

Sunday, November 22, 2015

故郷、鹿児島を旅する気分で……

11月は、故郷の鹿児島に帰っていた。
1日はマルヤガーデンズでのトークショー(お越しくださったみなさま、ありがとうございました!)。
2日はおはら祭りの前夜祭も見た。子どものころから行っていたけど、ひさしぶりだったので、すっかり旅人のような気分。やっぱりお祭りって楽しい。

旅人気分で行ったのは、実家の近くにある「神田亭」。
高校の後輩でもある神田さんが、週末だけ予約制で開いているお店。
神田さんは、平日はフツーに会社員をしながら、すんごくおいしい料理を作ってくれる。おじいちゃんちの銀杏を拾ってきて食べさせてくれる。おいしいワインも出してくれる。本人もいっしょに楽しく食べる。料理の代金は、なぜか自分も払う。しかも、そのお金は全額(材料代引かないで)、ネパールの震災を支援している「ふんばろうネパール」に寄付。だから、神田亭は開くほどシェフの赤字なのだけど、みんなみんな、いい笑顔! いや、ほんとすごいです、こんな人がいるなんて。

【ふんばろうネパール】
http://www.kurikiyama.jp/#!nepal/c3kc

もうひとつ、旅人気分で行った「イサオ・クチーナ」。
こちらも予約制のイタリアンレストランで、鹿児島の奥地、湧水町にある。シェフのイサオさんの料理はすばらしく、宿泊施設もある。で、今回、泊まったのだけど、おばあちゃんちに帰ってきたような気分で、それはそれは楽しく・・・・・。

シェフのイサオさんは、リノベーションの達人でもあり、つぎつぎと面白い家をつくっている。
「長くつ下のピッピの家だ……」
幼いころからあこがれだった家(の日本版)を見つけて大感動。

おいしい料理と、四季を感じる自然と、心地いい空間と、あったまる温泉と、素敵な人びとと……。〝ゆたかさ〟ってことをいろいろ考える旅だった。

【イサオ・クチーナ】
http://isao-cucina.com/

Saturday, November 21, 2015

いい本は、人生をゆたかにしてくれる!

集英社さんの柴田錬三郎賞など出版四賞の授賞式に伺った。

たいへん興味をもったのは、開高健ノンフィクション賞の『五色の虹―満州建国大学卒業生たちの戦後』。
http://www.amazon.co.jp/372/dp/4087815978
(12月15日発刊予定)

日中戦争の最中、満州につくられた「満州建国大学」という最高学府があっという
中国、朝鮮、モンゴル、ロシア、そして日本。5つの民族の優秀な青年たちが集まって高度な教育が行われ、宿舎では、民族を超えて深夜まで議論を戦わせた。

作者、三浦秀之さんの、記者魂がすごい。日本各地や大連、長春、ウランバートル、ソウル、台北……とスーパーエリートたちの軌跡をたどる。世界にちらばった青年たちのその後には壮絶な人生があり……。

三浦さんは、現在、南アフリカに記者として赴任中で来られなかったが、「満州建国大学」の卒業生7人が壇上に上がり、会場は感動に包まれた。

満州建国大学一期生男性(95歳)の「これまで生きてきて、いちばん大切だと思うのは、やはりコミュニケーションです」という言葉に、深く納得。
ぶつかることをおそれては、ともに生きられない……というような言葉にも。

柴田錬三郎賞の中島京子さん『かたづの!』は、 けっして「戦」をせずに家臣や領地の人びと(相手も)を守り抜いた、江戸時代唯一の女大名の一代記 。直木賞の『小さいおうち』など大きな世界観をもつ作家さんだと思っていたが、今回は、初めての歴史小説なのだとか。

『かたづの!』
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%8B%E3%81%9F%E3%81%A5%E3%81%AE-%E4%B8%AD%E5%B3%B6-%E4%BA%AC%E5%AD%90/dp/4087715701/ref=asap_bc?ie=UTF8

すばる文学賞の黒名ひろみさん『温泉妖精』は難しい言葉もまわりくどくもないのに、読み応えのある作品で、昨夜、止まらなくなって一気に読んだ。主人公や登場人物が、まったく魅力的なところがなくて、サイテーな人たちなのに、だんだん好きになっていくのが不思議。

あぁ、じっくり読みたい本がたくさん。
秋の夜長は楽しくてたまらない。

Friday, November 13, 2015

ヴァイオリニスト、劉薇(リュウ・ウェイ)さんのコンサート

「人工透析にしなければ、死にますよ」
ドクターからそう言われたら、あなたはどうしますか?
私は「それは仕方ありませんね」となりそうですが、劉さんと知り合って、少し考えが変わりました。
ヴァイオリニスト、劉薇(リュウ・ウェイ)さんは、10年前にそう告げられてからも、透析を拒否してきました。理由は、ヴァイオリニスト生命が断たれるから。
中国から東京芸大に留学し、博士課程を卒業した劉さんの音楽にかける情熱はハンパないのです。
劉さんは、雑穀を食べることで慢性腎臓病を改善する方法を編み出し(しかも、楽しみながら雑穀料理をレシピ本にしたり、自宅で料理教室を開いたり!)、いまも音楽活動を続けています。
昨夜は劉さんのコンサート。ものすごくエネルギーの要るといわれるベートーベンに挑戦し、クラシック素人の私でも感動で涙があふれるほど圧巻の演奏でした。
コンサートの最後に言った劉さんの言葉が忘れられません。
「自分でも不思議なぐらい、生きる力は出てくる……」
心が震える新月の夜でした。

Monday, November 9, 2015

イスラエル映画「ハッピーエンドの選び方」

6月に訪ねたイスラエルの映画「ハッピーエンドの選び方」を観ました。
この映画を観たら、毎日の過ごし方が変わります。そのときのことを考えて過ごすのと、考えないで過ごすのとは、命の輝きも変わってくるはず。

映画「ハッピーエンドの選び方」
http://happyend.asmik-ace.co.jp/

舞台はエルサレム。老人ホームで暮らすヨヘスケルは発明が趣味。ある日、延命治療に苦しむ親友から、「発明で安らかに死なせてほしい」と頼まれる。
お人よしのヨヘスケルは、親友を助けたい一心で、スイッチひとつで安らかに最期を迎える装置を発明。仲間たちと秘密に実行し、親友を見送ったあと、つぎつぎに依頼が来るようになり……というお話。

最後は、なんとも皮肉な、でも、こころがじんわり温かくなるような、不思議なラスト。コメディでありながら、深いです。
エルサレムの街や、人びとのつながりも魅力的で、「え? イスラエルってこんな国だったの?」と思うはず。世界を理解するうえでも、価値のある映画です。

「自分で人生を選ぶことが幸せ」と私は本に書いたり、話したりしているのだけど、最期のときも自分で選べるのか? それを幸せといえるのか? いろいろ考えさせられました。

ヴェネチア国際映画祭観客賞ほか、数々の国際映画祭で受賞した作品。11月後半から12月、全国で公開です(東北、鹿児島では、いまのところ上映してないみたいです。ごめんなさい)。

【上映スケジュール】
http://happyend.asmik-ace.co.jp/theaters/index.html

Friday, October 23, 2015

スパムメールへの注意をお願いします。

アリカワとメール交換をしたことのある皆さま。

何度も申し訳ありがせん。私のgmaiアドレスから「あなたをお友達だと〜〜が言っていますが、承認しますか?」というメールが何度も行っているようです。
もし、その来たら何もクリックせずに削除して下さい。
flipora.comというSNSが悪さをしているようです。
もしもし、クリックしてしまった場合。
または、私と同じようにスパムメールが送られてしまっている場合。
flipora.comというSNSのメンバーにいつの間にかなっている可能性があります。
以下のサイトの方法で、SNSの脱退をしてください。
おそらく、もうスパムメールは送られなくなると思います。


ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。
これからこのようなことがないよう気をつけます。

みなさまの日々の健康とご多幸を祈っております。

Tuesday, October 13, 2015

11月1日、鹿児島のマルヤガーデンズさんでトークショーをします。

11月1日(日)、鹿児島のマルヤガーデンズさんでトークショーをします。

テーマは……

「幸せになる生き方」



期間 11/1(日)15:00開場 15:30~17:00講演会
場所 7F garden 7
主催団体名 マルヤガーデンズ(099-813-8108)


ひさしぶりの鹿児島でのイベント。楽しみだなぁ♪
と、ところで、台湾で撮ったこの写真も、そろそろやばい感じかも(^_^メ)。顔もスタイルも髪型も多少ちがいますが、お許しくださいまし。
リアルなアリカワに会いにきてくださいね。

Monday, October 12, 2015

初宮島Ⅱ

宮島の旅を、写真でちょっとだけご紹介。
もみじが色づき始めていた。この季節に来られたことに感謝。
「もみじまんじゅう」って宮島が本場だってことを、今回の旅で知る。
ビッグな著名人たちが泊まってきたとされる老舗旅館「岩惣」からの景色。
台湾で暮らしていたとき、大河ドラマ「平清盛」を観ていたので、感慨ひとしお。
主要な社殿は200年に一度の高潮にも、水没しないよう建てられているとか。

編み物の帽子をかぶっている何百体ものお地蔵さんに感動。

「寒くなったから、頭に帽子をかぶせてあげよう」

そんなふうにだれかが思ったのかしら。

お地蔵さんの表情がたまらなく豊かで、つい「むふふふ……」と笑ってしまう。
お地蔵さんの間を歩いているだけで、こころが浄化されるよう。


↑すごくないですか。この表情。

←揚げもみじまんじゅう、牡蠣、穴子重、宮島ビールなどおいしいものがいっぱい。
いちばん食欲をそそる季節にやってきてしまった。

ニッポンも広くて深い。
もっと日本を旅したくなった……。



初宮島。

広島のセミナーに呼んでいただき、その流れで宮島にもご招待してもらった。
初宮島のうつくしさと、歴史と、パワーに感動。
広島のすばらしい人びとにも、セミナーに来てくださった人たちのお気持ちにも、感謝……。

厳島神社の大鳥居は、海底に埋め込まれているのではなく、土台にたくさんの石が詰め込まれていて、その重みで浅瀬の上に立っているとか。


午前中は満ち潮で、小舟が鳥居の下を通っていたが、午後からは引き潮。海底が姿を現し、歩いて通る。
現在の鳥居は、平清盛の時代から8代目。この光景は1000年近く続いてきたのかも。

天気がよくて、最高に気分がよかった。
やはり、この場所ってパワーススポット!?

Monday, October 5, 2015

イスラエルの旅9~4000年前から世界につながってきた「ヤッフォ」という町


ご無沙汰しておりましたが、イスラエルの旅の続き。
地中海側の大都市テルアビブの南には、さかのぼること4000年前から栄えてきた「ヤッフォ」という港町がある。
この街は、聖書に登場する歴史ある町でもある。

【写真・下】ヤッフォの旧市街。西洋と東洋、北アフリカに通じるエキゾチックな雰囲気。古代から、地中海を挟んで、さまざまな地域と交流があった。



海に近い路地のひっそりとした場所に「シモンの家」と書かれた古い石造りの家が残っている。
ここは、主イエスの弟子であったペテロが、イエス亡きあとに滞在した、皮なめし職人シモンの家。
ペテロがこの家の屋上で死者を蘇らえらせるという奇跡を起こしたことから、ユダヤに滞在していたローマ軍の隊長が「私にも、イエスの信仰をおしえてほしい」と使者を送ってきた。

つまり、ここヤッフォは、ペテロが異邦人に宣教するきっかけをつくり、キリスト教が世界に一歩を踏み出した場所なのだ。

のちに、ペテロはローマで亡くなり、その場所に建てられたのが、バチカンのサンピエトロ大聖堂。
「サンピエトロ」とは、聖ペテロのイタリア語読みであり、ペテロはカトリックの初代ローマ教皇。
……ということを、イスラエルを旅して初めて知った私。

【写真・上①】路地の階段を下りた突き当たりに「シモンの家」はある。「皮なめし職人」という、動物の皮をはいで滑らかにする職人の家は、皮を洗うため、海のそばにあった。

【写真・上②】シモンの家は、いまもアルメニア人の家族が住んでいるとか。

ヤッフォは、ナポレオンが中東に攻め入ったときに、砦を築いた場所でもある。

世界のカトリック教のトップについたペテロと、ヨーロッパ政治のトップについたナポレオン。
どちらも滞在していた場所なんて、単なる偶然ではないような……。
この町の不思議なパワーを感じてしまう。

【写真・上】海のそばにあるケドゥミーム広場には、フランス軍のナポレオン?が案内する像が。

ヤッフォは、若手アーティストたちが集まる場所でもある。
迷路のようになった路地には、ちいさなギャラリーが点在していて、絵画や彫刻、アクセサリーなど、ここにしかない魅力的な作品に出合える。


【写真・右】路地のつきあたりにあったオレンジの木もアート作品。遠くから見ると、木が浮かんでいるようだった。

【写真・下】ヤッフォやユダヤ人とアラブ人が仲良く暮らしてきた場所。なんても受け入れてくれそうな温かさがある。








【写真・右】ひっきりなしにお客がやってきていたパン屋さん。石釜で焼き立ての惣菜パンは、たまらないおいしさ。

旅をしていると、その地が現代のいまの生活につながっていると感じる機会が多い。
遠い異国の地ではなく、遠い昔のことではなく、すべてはぜんぶ、いまの自分につながっている……というような。
そして、その場所がとても近しく感じられてくる。
ヤッフォは、そんな町だった。

つぎは、テルアビブに移って写真を中心に、ご紹介する予定。
(ちなみに、いま私は日本におります)

Saturday, September 26, 2015

10 月22日(木)、東京都のイベントで登壇します。


10月22日(木)は、東京都産業労働局の女性の就業拡大に向けてのイベント
「SHINY WOMAM PROJECT」で登壇いたします。
たくさんの方にお会いできますように!


詳しはこちらを。
【「SHINY WOMAM PROJECT】
http://www.shinywoman.metro.tokyo.jp/
http://www.metro.tokyo.jp/INET/EVENT/2015/08/21p8o200.htm

普及啓発イベント(お子様同伴OK!キッズスペース完備)

1 日時

 平成27年10月22日(木曜)10時00分~16時00分

2 会場

 東京ドームシティ プリズムホール(文京区後楽一丁目3番61号)

3 対象

 再就職を目指す女性や就職活動を控えた女子学生の方
 (女性の採用を検討している企業担当者の方も是非お越しください。)

4 内容

メインステージ
 ゲストと様々な分野(家事サービス、建設業、製造業等)で働く女性が「働くこと」をテーマにクロストークを展開
  • 10時15分~(株)キャリア・マム代表取締役 堤香苗氏
  • 11時35分~フリーアナウンサー 藪本雅子氏
  • 13時00分~(株)イー・ウーマン代表取締役社長 佐々木かをり氏
  • 14時30分~作家・写真家 有川真由美氏
    ミニセミナー
    • 家事サービス就業説明会・相談会
    • 建設業・製造業等での就業事例の紹介
    • 就活メイクレッスン、マネーセミナー ほか
    相談コーナー(公式ホームページで事前予約もできます。)http://www.shinywoman.metro.tokyo.jp/
     キャリアカウンセラーによる個別カウンセリングを実施
  • ミニセミナー
  • 家事サービス就業説明会・相談会
  • 建設業・製造業等での就業事例の紹介
  • 就活メイクレッスン、マネーセミナー ほか
  • 相談コーナー(公式ホームページで事前予約もできます。)
  •  キャリアカウンセラーによる個別カウンセリングを実施

Friday, September 25, 2015

10月10日(土曜日)、広島でイベントをします。


広島……最近、いろいろとご縁のある場所で、セミナーを開くことになりました。

企画してくださったのは、株式会社オフィシャルの笠井裕予さん。

笠井さんは、私の本にも登場する面白い経歴の持ち主。
借金5000万円を背負ってからファイナンシャルプランナーとして生きる道を見い出し、保険営業で全国7万人中ベスト5に2度入賞する・・・・というまるでジェットコースターのような人生。
現在は、ファイナンシャルプランナーとして活躍する傍ら、女性のためにマネープランニングと人生プランニングのサポートをしています。

笠井裕予さんのブログ
【人生起き上がりこぼし】

http://ameblo.jp/officialkasai/

笠井裕予さんの本

『成功したい女(ひと)は、「結婚」を捨てなさい ――借金5000万円からの「私の5年闘争」』

私とつながる人って、底辺を知っている苦労人が多いかも(笑)!?
二人でこのイベントができるだけでも、ほんとうに幸せ。
聞きにきてくださる方がいると、さらに幸せです。
広島の方、お近くの方、お近くでない方も、ぜひ会いにきてくださいね。

Monday, August 24, 2015

イスラエルの旅8~世界遺産マサダでのオペラ


イスラエルの砂漠のど真ん中で、オペラ「トスカ」を観てきた。
年に1回、開かれるこのイベントは、今年で5回目だそうだ。

ほんとうになにもない砂漠のなかの野外劇場に7000人もの大人たちがやってくる。
開演は9時半。夜空に瞬く星と、夜風と、砂漠と、オペラと・・・・・・まるで別世界に迷い込んだよう。

開演までは、ワインやコーヒーを飲みながらおしゃべり。
素敵な大人たちは、みんなおしゃれをしていて、これから始まるオペラに気分が高まっているように見える。

イスラエル・オペラの歴史はおもしろい。かつてロシアやオーストリア、イタリアなどでオペラをやっていた人びとがイスラエル建国で戻り、さまざまな国のエッセンスが凝縮された。
主役級の歌手が多かったため、有能な歌手でも、脇役をやっていたとか。

劇場に入ってびっくり。
大自然の要塞、マサダが舞台の後ろにどーんとそびえ、ライトアップされている。
まるで立体的な大道具みたいに馴染んでいる。
オペラが始まると、レーザービームが放たれる……。

大自然と、世界遺産マサダ、そしてオペラ。
オーケストラの指揮者、ダニエル・オーレン氏が記者会見でこんなことを言っていた。

「音楽も、人間も、人生もつねに変化している。そんな進化を遂げたオペラの姿を見てほしい」

「トスカ」は、ほんとうにすばらしかった。
歌姫トスカ役のスヴェトラ・ヴァシレヴァもよかったけれど、トスカの恋人役カヴァラドッシを演じたイタリアのテノール歌手、ファビオ・サルトーリの表現力は圧巻。

大柄の体型から響く、伸びのある声は、まさに芸術だ。
カヴァラドッシの表情がくるくる変わって、つい引き込まれてしまう(ステージの両側にあるスクリーンのカメラワークがすばらしく、まるでテレビドラマを観ているようだった)。
舞台が終わると、だれもが感動して拍手、拍手……。
初オペラだったが、こんなに感動するとは思わなかった。

だれもが驚くけれど、安全で日本からも行きやすいイスラエル。
イスラエルを知ることは、世界を知ること……イスラエルを旅してそう思う。
来年はたくさんの日本の人にも観てほしい。

Monday, August 3, 2015

イスラエルの旅7~ケネヴ砂漠の端っこのほう


じりじりと痛いような陽が照りつけるなか、死海から車で1時間弱のところにある、ケネヴ砂漠の端っこに行ってみた。

砂漠といっても、不思議な奇岩があちこちにある荒野。
風と雨と竜巻と陽射しと……自然が何千年もかけて創り出した芸術だ。

あまりにも壮大すぎて、声にならず……。
自然に手を合わせたくなってくる。
夏は暑くて雨が降らず、たいへん厳しい気候だが、冬には雨が大量に降り、一夜にして緑に覆われることもあるとか。
気候が劇的に変わるのも、奇跡の地形を生み出す所以。
手つかずの自然を堪能できるのもイスラエルの魅力だ。

砂漠の遊牧民族、ベドウィン族がラクダを飼っている場所にも行く。
このヒトコブラクダは、背中のなかに栄養を蓄えて、何日も水を飲まずに旅ができる。

ちなみに、これらのラクダはすべて女性。
男性のラクダはあまりにも気性が荒くて、飼い馴らすことが困難とのこと。

このあたりは、あまりにも暑さが厳しくて、ベドウィン族もあまり暮らしていない。

ラクダに乗せてもらうと、おどろくほど快適。
たしかに、これだと何日も移動できそう。

♪月の砂漠を~、遥々と~♪

思わず、そんな歌が出てきた。
たしかに、夜じゃないと暑くて移動が厳しいような……。

イスラエルの人びとは、砂漠の土地開発、自然エネルギーの利用など、自然と仲良くすることにも長けている。
砂漠を緑にできるのは、自分たちしかいない!という信念もあるとか。

つぎは、砂漠のなかで開かれたオペラについて書きます。


Tuesday, July 14, 2015

イスラエルの旅6~死海


イスラエルの旅、少しばかり空いてしまいましたが、ぼちぼち更新していきたいと思います。

今回は、「死海」の旅。
「死の海」というちょっと怖いネーミングは、塩分が30%以上あって、魚が住めないことから。
実際は、ほんの少しはいるらしいが、たしかに釣り人はまったくなし。

イスラエルでは、「塩の海」と言われているという(海といっても湖なのだけど)。
近年、水が蒸発して、どんどん陸地が広がってきていることから、大量に水を流し込んでいるらしい。

死海周辺は海面マイナス約400メートルで、世界でもっとも低い場所にいるかと思うと、ちょっと感動……。

【写真・上】死海の色は、うつくしいエメラルドブルー。対岸はヨルダン。

【写真・左】エン・ポケックという地域は、高級リゾートホテルがずらり。今回、泊まった「ダニエル・デッド・シー」はエステやマッサージが充実していた。

【写真・右】ミネラルたっぷりの泥を体に塗ると、しっとりすべすべ(本当に!)。
肌が元気になってくるような感じ。
死海の水や泥は、美容、健康に効果があることで有名。近くには、化粧品ブランドAHAVAの工場もあった。

しかし、ビーチのみなさん、全身くまなく泥を塗るんですね。
コントみたいで楽しい!


【写真・上】たしかに、ぶか~りと浮きましたよ。
足をつけてまっすぐ歩くのもOK。仰向けになろうとすると、ふわっと足が持ち上がる不思議な感覚。
楽しすぎる!!! ぜひ一生に一度は体感してほしい……。

ぶか~りと浮きながら、空を見ていたら、あまりにもスケールの大きい時空間のなかに溶けてしまいそう。病気療養で来る人も多いという話だったけど、この景色を見るだけで、自然な自分に戻れそう。

Sunday, June 21, 2015

両親のこと。

つくづく、自由に生きてきたなぁと思う。

考えてみれば、両親は私のやることに、反対したことはなかった。
幼いころ部活動を決めるとき、止めるとき、友だちと遊ぶとき、高校や大学に進学するとき、就職するとき、「こうするからね」と報告はするが、……母の「いいんじゃない?」で終了。
父はなにも言わなかったが、私が約束を守らなかったり、人に迷惑をかけたりしたときだけは、強く叱った。

大人になって、たくさん転職をして、たくさん引っ越しをして、いくらかの恋愛をした。
どんなことを報告しても、「いいんじゃない? あなたが決めたことなら賛成」で終わり。
うまくいかなくても、「あ、そう」で終わり。
よかったとも、悪かったとも、言わなかった。
だからこそ、ちゃんと決めなきゃ自分が痛い思いをする、と思った。

母は重心(重症心身障がい児)病棟の看護師をしていて、よく、
「子どもは、生きていてくれればいい」
と言っていた。
親よりも先に、子どもたちが亡くなっていく姿を見ていてそう思ったらしい。

ちょっとした弾みで、私が不登校になって高校を中退しかけたときも、
「いいんじゃない? 高校にいくだけが道じゃないから」
と言った。

「えーーー!? 私の人生、ここで挫折するなんて、冗談じゃない!」
と、私はそれから毎日休まず登校するようになった。
自分でなんとかしなきゃと思ったからだ。

そんな親子関係は、あたりまえのように思っていたが、子どもの生き方に口出ししない親って、じつは普通ではないのかもしれない。
私だったら、あーあーあーと、見てられなくて、つい口出してしまうだろう。

おかげで自立は早かった。

いま思えば、つくづく不思議な両親、不思議な夫婦関係、不思議な親子関係だが、私はそんな両親でよかったのかも……。
朝起きた瞬間、そう感謝して、母に電話して伝えた。

「そうお? ま、よかったじゃない。あなたの本、目が悪くて読めないけれど、褒めている人がいるわよ」

ちょっと涙が出た。
こんな間接的な褒め方も相変わらず。
親子関係にいくらか距離感があったから、もしかしたら、「いつか認めてね」と、こころのどこかで思い続けていたのかもしれない。

今日は父の日。
夫婦仲のよかった父が、最期に残した言葉は、「お母さんのことをお願い」だった。
父の日に、母への感謝を伝えることになったのは、もしかしたら、父がいちばん望んでいて、仕向けたことだったのかもしれないと思う。

Saturday, June 20, 2015

イスラエルの旅5~世界遺産マサダ(2)


マサダのつづき。
ユダヤ民族によって築かれた要塞、マサダが約2000年ほど前に滅ぼされたのは、先の「イスラエルの旅4~世界遺産マサダ(1)」で書いたとおりだが、知れば知るほど、とんでもなく豪華な宮殿なのだ。

【写真・上】
いちばん眺めのいい、先の尖ったあたりは「北の宮殿」といわれるヘロデ王の私邸。
上のテラスは、ヘロデ王が使っていて、下の突き出たテラスは、客人をもてなすための客室があったという。どんな客人が、ここに来たんだろう。
テラスに何人かいる人の姿を見ると、壮大なスケールがわかるかしら…・・。

【写真・右】
当時の宮殿の模型。左の尖った部分がヘロデ王の部屋。その下の一段低くなっている丸い部分が客室。


【写真・左】
大浴場跡。小さい柱の上に板を置いて、火を焚き、蒸気で部屋全体を暖めて、人びとは汗を流すという、ローマ式サウナ浴場。
かなり大きな部屋だったから、大人数で入る憩いの場だったのかもしれない……。


【写真・右】
2000年前の柱や壁画、タイルが瑞々しく残っているのは不思議なほど。


ローマ軍が突入したとき、食料庫には、10年分の食料や酒などが貯蔵されていた(集団自決した際に、食料はすべて燃やしてあったとか)。
また、雨季に発生する鉄砲水を利用して、地下には4万トンの水が蓄えられていた。
おそるべし土木技術!

【写真・下】
宮殿の西側は、足がすくむほどの絶壁。
ローマ軍が足場をつくって上ってくるのに3年近くかかったというのも、うなづける……。
地表に丸や四角の型がついている場所が、ローマ軍が陣をとった場所。


【写真・左】
ロープウェイであった女の子たち。
兵役中は私服のときも、銃を肌身離さず自分で管理する責任があるという。

イスラエルは、18歳になると、男子3年、女子20か月の兵役がある。
兵役では女性も男性同様、義務であるが、社会で働く女性が、出産や育児をしやすい法律や制度はかなり充実している。
子だくさんで、仕事もバリバリしている女性、シングルのまま子どもを何人も産む女性など、いろいろ。
子どもを産むことで、女性が社会的不利益を被らない仕組みづくりができている。
ある意味、男女平等……。

ちなみに、兵役が終わったあと、ほとんどの若者は働きながら世界を旅し、帰国後、アルバイトでお金を貯めて大学に入学、卒業、就職……というパターン。
そういえば、鹿児島でよくイスラエル人のアクセサリー売りを見たっけ……と思い出した。
海外の親戚を頼っていき、働かせてもらったり、アルバイトしながら語学留学したりするパターンも。

大学に入学するのは、20代後半から30代、就職は30代になってからというのも珍しくない。
ある程度、社会経験を積んでから、大学進学、就職というのは、失敗が少なく、意外に効率的なのかもしれない。
兵役の議論はさておき、若者たちは18歳から家を出ているからか、かなり自立しているように見えた。

「じゃあ、30歳過ぎても、実家にいる人はいないの?」
今回のガイド役で、娘が兵役中の日本人女性Eさんに聞くと、
「それは、恥かしいことと思われるかもしれません(自立していなくて)」
と返された。

現在、マサダでは、イスラエル軍の入隊式が行われ、若い兵士たちが、「マサダの悲劇は繰り返さない! この国は自分たちの手で守る!」と誓う。

*つぎは、死海についてのレポートです*

Friday, June 19, 2015

イスラエルの旅4~世界遺産マサダ(1)

いつまでもいたいと思うエルサレムの街に「いつか戻ってくる」と別れを告げて、死海地方へ向かう。
まわりはひたすら荒野。ときどき、ベドウィン族のテントに出合う。

【写真・左】
このエルサレムから死海、ヨルダンに伸びている道は、日本がつくってくれたと、ドライバーさんが言っていたけれど、ほんとう?

【写真・右】
途中、「海面0」という場所があった。ここからずっと下り坂。地球でもっとも低い場所、標高マイナス400メートルほどの低地にある死海まで、道は続く。


【写真・上】
エルサレムから約40分ほどで、世界遺産マサダが見えてきた。写真ではちいさく見えるが、自然の造形を利用して造った巨大な要塞。ここは紀元前100年ごろ造られ、ヘロデ王の時代に増強されて、豪華な宮殿となったという。

マサダは、ユダヤ人にとって特別な場所だ。
70年、ローマ軍がエルサレムを攻撃して陥落。このユダヤ戦争から逃れた人びと967人が籠城したのが、このマサダだった。ローマ軍約1万人ほどは3年に渡り、マサダを包囲して、土を運んで城壁を埋め、ついに攻め込んだ。
しかし、そこには、2人の女性と5人の子どもを除き、ローマ軍突入の前夜に集団自決した人びとの姿があった。

ユダヤ戦争から約2000年、ユダヤ人は世界各地に散らばっていくこととなった。

【写真・上】
マサダの頂上までは、ロープウェイで行けるが、元気のある人は、ぐにゃぐにゃに曲がりくねった「蛇の道」で(1時間以上かかります)。
荒野の中央にちいさく見えるのが、現代にできた約2万人を収容する野外劇場。その後ろが死海。
スケールが大きすぎて、言葉になりません……。

マサダの話はもう1回、続きます。